まず、医療法人の概要についてご説明いたします。
医療法(第39条)は、医療機関が医業の非営利性を損なうことなく法人格を取得することにより、①医業の永続性を確保するとともに、②資金の集積を容易にし、③医療の普及向上を目的として医療法人制度を設けています。
従来は、医療法人の設立には常勤医師が3名以上必要とされていましたが、昭和60年12月の医療法改正により、常勤医師(歯科医師)が一人の診療所でも法人の設立が可能となりました。これが「一人医師医療法人制度」です。
医療法人を設立すると、次のようなメリットが生まれます。
1.所得税の節税が図れます。
個人事業の場合には医業収入から必要経費を差し引いた利益(A)のすべてが院長の所得となり、高率の所得税及び住民税(最高50%)が課税され、税引き後の資金から事業用の借入金やローンの返済をしたり事業に必要な貯金をしていました。
医療法人では、(A)の利益を理事長の報酬と法人の所得税とに分散できます。 この結果、理事長の所得税及び住民税の負担を低く押えることができ、また、法人の所得には比較的低い税率(26%~36%)の法人税等ですむことになります。法人の税引き後の資金から事業用の借入金などの返済や必要な貯金をすればよいのです。
役員報酬と法人所得への利益の適正な分散が節税の大きなポイントです。 ただし、将来貯まった法人資産から退職金を受け取った場合には別途分離課税により所得税がかかります。そこの見極めも大きなポイントとなります。
適正な理事長報酬を設定することにより、理事長の税引き後の資金は個人で自由にお使いいただくことができるようになります。
院長の所得が事業所得から給与所得(理事長報酬)となることにより、「給与所得控除」を受けることができます。
他の理事(家族)への所得が分散しやすくなります。
個人事業では、専従者や家族に給料を支払う場合、その勤務状況や仕事の内容により金額に制限があります。
法人の理事報酬も不相当に高額な場合には税務当局から否認されますが、非常勤であっても報酬を支払うことができ、また労働の対価だけでなく経営者としての対価も考慮して金額を決定することができます。
大きい効果が期待できるケ-スとしては、奥様が開業し、他の病院に勤務しているご主人に給与を払いたいといった場合、個人事業では専従者給与として支払うことができませんが、医療法人の場合は非常勤であっても適正な金額であれば支払えます。
個人事業では、院長や青色専従者に対して退職金を支給しても所得税法上の必要経費にはなりませんが、医療法人の理事長や理事への適正な退職金は、法人税法上の損金とすることができます。
適正な退職金の金額は、最終の報酬月額や勤務年数が考慮され、退職金規定などをきちんと整備しておく必要があります。
医療法人が契約者となりかつ受取人となる一定の生命保険のうち、原則的に定期保険相当分の保険料は全額(あるいは1/2)損金に算入できます。
個人事業では、車両の減価償却費などの自家消費分は経費と認められないことがありましたが、法人では原則的に全額損金と認められます。ただし、台数が複数の場合や高額な車両については医療法人に使用料をお支払いいただきます。
2.相続税の節税が図れます。
①従前の医療法人と異なり、改正後の拠出金制度の基金の評価は基金の価額となり、医療法人の含み益は考慮されなくなります。なお、将来一定の要件に該当した場合には基金の返還も可能です。
②個人の建物を医療法人に譲渡し、医療法人から相当の地代を受取ることにより、土地の評価を軽減できる場合があります。
1.医療法人に対しては、社会保険診療報酬に対する源泉徴収がなくなり、資金繰りに余裕ができます。
2.個人事業の場合、予定納税や住民税の納付で1年中税金の支払に追われていましたが院長が給与所得者になることにより所得税も住民税も天引きになり、安心して手取り額をお使いいただくことができます。(法人の税金支払いは年2回です)
1.医業の永続性が図れます。
個人事業が世代交代をする場合には、いったん廃業して新たに開設ということになりますが、医療法人の場合には、開設者事自体は変わらず、理事長の変更のみですから、経営の引継ぎがスムーズです。
また、理事長に適正な退職金を支払うことができます。
後継者がいらっしゃらない場合には、理事長(医師)を雇うことになりますが、ご家族が医療法人の社員(最高意思決定者)または理事として残ることは可能です。
2.法人という形態になることにより、予算管理、経営計画、その他の業務において合理的な運営が容易となります。
3.法人と家計の区別が明確となり、資金の流れが分かれやすくなります。
4.対外的な信用が増し、金融機関対策および職員募集等で有利になります。
5.分院や老人保健施設を開設することができます。(改正後は有料老人ホ-ムの設置やサ-ビス型高齢者専用住宅の設置が可能。)
医療法人は、法律で医業に関係のない収益事業を行うことを禁止されていますので、原則的には法人として不動産投資(診療用あるいは職員住宅を除く)、不動産貸付及び株式の売買等の事業は行うことができません。 これらの事業を理事長個人でなさることは可能です。
医療法人に利益が蓄積さえていても、これを出資者に配当することはできません。 年初に予算をきちんと立て、必要以上に法人に利益が留保されないよう役員報酬を設定するようにします。配当金は税務上の経費となりませんが役員報酬は経費となりますから、節税上も有利です。 また、医療法人に蓄積された利益は将来の理事長等への退職金として支払うことができます。
改正後の拠出金制度の医療法人の場合、将来、多額の資産を残したまま解散するとこの内部留保した資産が国等の帰属になります。しかし、役員報酬の支給額や生命保険の活用、最終的には退職金を支給して内部留保を減額してしまえば、残余財産等の解消は図れると思います。設立後の運営が非常に大事です。いつ解散しても残余財産は残らないようにする。
株式会社等の議決権は1株につき1票ですから、持ち株数の多い人が法人の決定権を持つことになります。 これに対して医療法人は、出資額の多少にかかわらず、1人につき1票の議決権を持ちます。したがって、例え、理事長が99%を出資していても1人では法人の決定権を持つことはできません。 医療法人の社員は3名以上と決められています。また、出資額が0円の社員も認められています。 出資者を決める場合および持ち分を分散する場合には、慎重に行う必要があります。
理事長も給与所得となりますから、報酬から所得税が源泉徴収されます。 したがって、個人事業時代と比較して納付金額が高額となりますから、特例納付を適用していた方も原則納付に切り替えることが多いようです。
法人税では役員賞与は経費となりませんから、これをふまえて月額報酬を決定する必要があります。 また、税務調査において交際費等が個人の経費とされた場合、通常、役員賞与と認定され個人事業においては否認された金額のおよそ半分の税金となるが、医療法人の場合は法人と個人の給与のいわゆるダブル課税になり否認された金額のおよそ全額が追徴税額になります。
出資金の額が1億円以下の場合 | 年800万円まで |
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1億円以上の場合 | 0円 |
上記の範囲内でも支出額の10%は税務上の経費となりません。
なお、拠出金制度の医療法人の場合、(期末総資産-期末総負債-当期利益)×60%が1億円を超えた場合には、交際費のうち、飲食費の額の50%までが税務上の経費となり、それ以外は経費にはなりません。
個人事業では税金さえ払えば残りは自由に個人で使えますが、医療法人の場合は理事長等が医療法人の通帳等より引き出したお金を個人的に使用した場合には、理事長等に対する貸付金となり、返済しなければ利息を医療法人に支払う必要があり、その利息に法人税が課されます。
医療法人の場合、決算書作成が個人事業にくらべ複雑になるため通常会計事務に支払う手数料が増えます。当事務所においても通常個人事業の場合は月額顧問料が最低4万ですが、医療法人の場合は月額5万円程度となります。